あなたを生きて

一つだけ言えることは 僕には君しかいない

渋谷すばるくんへ

 

すばるくんへ

 

こんな真夜中にラジオで解禁された「大阪ロマネスク」新録 を聴いてしまいました。

言葉が上手く纏まらないけれど入り出しの一音から涙が止まらなくて脱退が発表されたあの日から約1ヶ月経ったけど、初めて声を上げて泣いてしまった。苦しいほどにすばるくんが好きで好きで仕方なくて素敵な素敵な声だから尚更悲しくてもうすばるくんが居る、7人で歌う「大阪ロマネスク」が聴けないのだと思うと何を目指して生きていけば良いのか分からなくなってしまったよ。

 

 

関ジャニ∞と出会ったのは2008年。エイトの8枚目シングル「ワッハッハー」のPVを見て銭湯を掃除させられている怖そうなお兄ちゃん達という印象でその当時はむしろ嫌いだな、と思ったくらいで!まさか3年後には骨抜きにされてるなんて思いもしませんでした(笑)

気が付けば大倉忠義くんのファンをしていて気が付けば毎日エイトの事ばっかりで、すごくすごく楽しい日々の中、7人の事を深く知っていく中で私は確かにこう思いました。

 

 

「この人の背中にずっとついていきたいな。」

 

 

それがすばるくんだった。

関ジャニ∞7人まとめて、でもなくて、担当の大倉忠義くんでもなくて、7人の中の1人。渋谷すばるくんだった。

貴方の歌、性格、生き様。その全てが今まで出逢った中の人間で1番美しいなと思った。誰よりも音楽を愛する人だと思った。私も精一杯貴方の音楽を愛したよ。きっとこれからも一番はすばるくんだけどね。

 

すばるくんが私たちeighterに 「真っ直ぐ生きてくれ」「愛してます」「一生あなた達のアイドルです」そう言う度死ぬまでずっと寄り添って、笑いあっていけると信じてたから、もう今は何か、大倉くんと同じく身勝手に無謀な決断をしたすばるくんの事を嫌いになんてなれなくて、悔しくて悔しくて、あの時私たちがこうしてたら、こうすれば良かった。という俗に言う「たられば」の繰り返しをしてしまいます。

こんな考え方しかできない私は間違っているのでしょうか、なんて問えないよね。自分の性格上1度信じた人を責めることなんて出来ないので。

むしろ日に日に好きが募っていってるので(笑)

 

ま〜さか!自分が20歳も年の離れた大阪出身のガラの悪いおっちゃんなんかに人生振り回されると思ってなかったから人間って何もかもが紙一重の毎日で奇跡を感じるなあ、と。

 

 

きっときっと、きっと。

 

明日も明後日も、何十年後も。

 

私はすばるくんの事を思い出して泣いてるんだろうね。それは間違いない未来。

 

もう会えないのなら死ぬまで敬い続けてつきまとってやる。このクソったれた毎日貴方に届く様に思いを綴ってやる。

そうすれば、すばるくんは「何年経ってもキリないねんな(笑)そろそろ自分うざったいで(笑)」と、笑ってくれる?また、もう一度エイトを始めてくれる?また、すばるくんが名付けてくれた素敵な名前「eighter」と呼んでくれますか?

 

 

今はただ泣かせて下さい。もう二度とすばるくんがいない 「大阪ロマネスク」を聴かせないで下さい。おそらく数年は貴方が居ない事実を心の底から受け入れて立ち直ることは出来ないけれど許して下さい。

また、大倉くんと横山くんと信ちゃんと丸とやすくんと亮ちゃんと笑いあってくれる事を約束して下さい。それだけで私はこの先生きる意味を見出すことが出来るから!!

8人の関ジャニ∞も7人の関ジャニ∞も6人の関ジャニ∞も変わらず応援していくね。

 

いつまでも 肩を並べて

君と歩く 泣いて笑って

惹かれたのは ここにある熱いモノが 似ているから

きっと そうだろう?

関ジャニ∞ / ひとつのうた

 

 

 

ずっとすばるくんの幸せを祈ってるよ。

そして、またいつか出逢ってね。

 

ありがとう。

 

eighterより

 

 

追記

5/11放送の少年倶楽部で元関ジャニ∞内博貴くんが7人へ向けて書き下ろした詩が綴られている曲 「虹色の空へ」を披露しました。収録した日がすばるくんの脱退会見の次の日だったんだと、つい最近知ったけど、それは単なる 「偶然」だったのかな?

 

それとも、、、